反省や愛だけでは解決しない親子関係の問題もある

お芋の砂糖菓子
この記事は26日前に編集しました。

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長年にわたって、悩んでしまう人間関係として、原因不明の、親との良くない人間関係があります。

例えば、親に対する優しさや、感謝の気持ちが足りなかったとか、親が子供の将来を考えて、世間の荒波にもまれても、たくましく生きていけるようにと、厳しく育てられたことが、後々に、わかった。etc.

このように、反省や、気付きで、問題が解決したひとは、暗いトンネルの時代はあったでしょうが、結果として、幸運だと言えると思います。

しかし、いくら胸に手を当てて反省しても、親の愛について、あれこれ自分に当てはめてみても、原因がサッパリわからないケースもあります。

そこで、わたし自身のケース(父親との関係がよくなかった)を見ていただき、原因がサッパリわからない、という人のお役に立てるかもしれない、と思いまして、思い切って書かせていただくことにしました。


過去にあった出来事のチェック

わたしの実体験を列挙したので、えげつない例ではありますが、過去に、以下のようなこと or 内容は違っていても、理不尽極まりないという点で同じような経験は、ありましたか?

  1. 外出先から夕方帰宅した途端に、玄関先で「お前には1日も早く死んでほしい」「頼むから死んでくれ」などと、ひと月あたり一回以上、言われたことがある。
  2. 大病を患ったり、大怪我をして、入院しているときに「ざまあみろ」「胸がスッとした」などと、わざわざ病室に来て言われたことがある。
  3. 誕生日や父の日に、プレゼントを渡すと、目の前でゴミ箱に捨てられたことがある。
  4. 夜(例えば、午後8時以降)になると、前後の脈絡がなく、突然、親の機嫌が悪くなり、暴力を奮ったり暴言をはくことがあった。
  5. 小中高校生の頃、受験勉強や試験勉強をすると、親がひどく興奮して激怒することがあった。

重要なのは、前後の脈絡がないこと

1~3番については、親になにか迷惑をかけない限り、通常では考えにくい事態ですし、強い恨みも感じますよね、

ですが、わたしの場合、親に逆らったことは一度もなく、自分で言うのもなんですが、反抗期もまったくなかったです。(これ以上、日常生活で悪者扱いされたくなかった)

また、通常では考えにくい事態が起きる、ほんのちょっと前には、テレビを見ていたり、食事をしていたり、勤務先や外出先に居たり、といった状態で、言葉をかわしていませんでした。

もちろん、親が嫌いだから、無視していたなんてこともありません。

逆に、親の機嫌を損ねると、とんでもない悲劇が待っているのは、わかりきったことなので、家事から妹の子守りやPTAの参加、果ては、父親の税金の支払い(わたしが代わりに税金を負担する)に至るまで、出来ることはすべて、やっていました。

原因のひとつは親の夫婦生活だった

これは後年になって、直接、父から聞いたのですが、父がわたしのことを大嫌いなのは、わたしの存在が夫婦生活の上で、たいへん邪魔になったからだそうです。

これには「なるほど~」と、合点がいきました。夜になると特に、父の機嫌が悪くなったのは、そこだったのねぇと。

狭いアパートに住んでいたので、そりゃ、ごもっともな話です。

内容が内容だけに、本人から言われなければ、わたしがある程度の年寄りにならないと、そこまでは、気が回らないです。

父は、超がいくつも、つくほどの、女好きでしたが、お金はないし、男前でもなかったので、実際には、本人が希望するほどには、モテていなかったでしょう。

ですが「種の保存欲」が、強すぎると、このような事態を生んでしまいます。

もうひとつの原因は強すぎる被害者意識

ネットの世界だと「死んでほしい」なんていうのは、ありがちなのかもしれませんが、リアルの世界では、面と向かってそのようなことを言われることは、そう多くはないでしょう。

ですが、親子であっても、そうでなくても、ふつうの人間が、ひどいことを平気でできるのは、強すぎる被害者意識をもっている場合です。

強すぎる被害者意識で起きること

たいへんお恥ずかしい話ですが、わたしは、二回、父に首を絞められて、殺されそうになったことがあります。

その前に、口論どころか、テレビを見ていただけで、なにごともありませんでした。なんの脈絡もなく、突然の出来事でした。

もちろん、速攻で、110番に電話して、助けていただきましたが、首を絞めようとする前に、父がこんなことを言ってました。

「お前みたいな人間がいつまでも生きてるから、ママと(わたしの母のこと)仲良く暮らせないんだ」

「お前みたいなヤツを殺しても、罪にはならないんだ」

「お前は殺されるのが、当然の人間だ」

なにごとも、自分に都合良く考えるのは、ポジティブな性格であり、精神の健康には良いことなのですが、それが強すぎると、周りの人間が「悪人」に見えてしまいます。

父のように「悪人」だと感じた人間には、どんな制裁を加えてもいいと、考えてしまう人も多いようですね。

とりあえず別居しよう

わたしのような親子関係ならば、可能な限り、若いときから、親とは遠く離れて、別居するのが、ベターな選択肢です。

長年に渡って同じ環境下で、恨み恨まれる関係は、お互いにとって、よろしくないです。

別居が資金的に無理なら、在宅時間を極力減らす方法を考えても良いです。

わたしは、若いときから別居していましたが、引っ越しが、隠密行動ではなかったために、親がすぐに近所に引っ越してきて、騒動を起こすパターンでした。

それでも、年がら年中、顔を合わせないですんだ分、気が休まる時間ができて、良かったです。

心の傷が癒えるまでには年月と人選も必要

今の時代は、ネット上に同じ悩みの情報もたくさんあるでしょうが、ただ、理由が判明しただけでは、悲しかったことや辛かったことなどが、癒やされるところまでは、たどり着かないのが普通でしょう。


わたし自身は、いろんな人生の先輩に、相談をしました。

ただ、上述のような理由だったので、ひどい妄想をする人だとか、逆にわたしに非がある・落ち度があるに決まっていると、決めつけられることも、多々ありました。

ですが、ここで、落ち込んだり諦めたりせずに、最低でも、あなたを非難しない人が現れるのを信じながら、ゆっくりと探しましょう。

共感してくれる人や、助けてくれる人が居れば、話を聞いてもらっている間は、心が軽くなります。

そして、薄紙を剥ぐように、少しずつ少しずつ癒やされます。

人生、苦しいことが続いたならば「冬来たりなば春遠からじ」です。

あとがき

生前の父を知る人から「言いたい放題、やりたい放題で、赤ちゃんが、そのまんま、おじいさんになったような人だったね。」と、いまだに言われます。

人間として、本当にできた人とだけ接触して、その人達に甘え放題の一生だったので、人間関係にはとても恵まれていたと思います。(わたしとの関係を除いてではありますが…。)

父のような人生は、ある意味、幸せな一生だったと思いますが、父と同じような人生を歩みたいと迄は、思わないかなぁ…。というのが、正直なところですw。

ちなみに、父が他界してから、一回だけ、真っ昼間に、父の幽霊を見たことがあります。

わたし、おばけとか幽霊とか大嫌いで、肝試しにイヤイヤ参加して、気絶したことがります。

ところが、父の幽霊を見たときは、「さも、供養されてない、不成仏霊みたいに、出てきやがって」とものすごく腹が立ちまして「何しに来たんだぁ!!」と、怒鳴ってしまいましたら、スーッと消えました。

供養は家でもお寺でも、ずっと続けているのですが、親を怒鳴ったことなど、ただの一度もなかったので、あれはあれで、良い供養になったかもしれないです。

★この記事は、2018年10月17日 16:43:13 に、五行易ドットJP の 藤山 恭江が書いたものです。
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この記事を書いた人
藤山恭江のプロフィール画像

藤山恭江(ふじやまやすえ)赤い花 花びら5枚と茎に葉っぱ一枚

1964(昭和39)年うまれ。高校2年より占いを勉強。19歳でプロになると同時に、占い教室もはじめ、その後、五行易(ごぎょうえき)と出会う。趣味は、このサイトを作ること、読書、神社・お寺への参拝。東京都世田谷区在住。「」です。