反省や愛だけでは解決しない親子関係の問題もある
この記事は約 6 分で読めます。
長年にわたって、悩んでしまう人間関係として、原因不明の、親との良くない人間関係があります。
例えば、親に対する優しさや、感謝の気持ちが足りなかったとか、親が子供の将来を考えて、世間の荒波にもまれても、たくましく生きていけるようにと、厳しく育てられたことが、後々に、わかった。etc.
このように、反省や、気付きで、問題が解決したひとは、暗いトンネルの時代はあったでしょうが、結果として、幸運だと言えると思います。
しかし、いくら胸に手を当てて反省しても、親の愛について、あれこれ自分に当てはめてみても、原因がサッパリわからないケースもあります。
そこで、わたし自身のケース(父親との関係がよくなかった)を見ていただき、原因がサッパリわからない、という人のお役に立てるかもしれない、と思いまして、思い切って書かせていただくことにしました。
過去にあった出来事のチェック
わたしの実体験を列挙したので、えげつない例ではありますが、過去に、以下のようなこと or 内容は違っていても、理不尽極まりないという点で同じような経験は、ありましたか?
- 外出先から夕方帰宅した途端に、玄関先で「お前には1日も早く死んでほしい」「頼むから死んでくれ」などと、ひと月あたり一回以上、言われたことがある。
- 大病を患ったり、大怪我をして、入院しているときに「ざまあみろ」「胸がスッとした」などと、わざわざ病室に来て言われたことがある。
- 誕生日や父の日に、プレゼントを渡すと、目の前でゴミ箱に捨てられたことがある。
- 夜(例えば、午後8時以降)になると、前後の脈絡がなく、突然、親の機嫌が悪くなり、暴力を奮ったり暴言をはくことがあった。
- 小中高校生の頃、受験勉強や試験勉強をすると、親がひどく興奮して激怒することがあった。
重要なのは、前後の脈絡がないこと
1~3番については、親になにか迷惑をかけない限り、通常では考えにくい事態ですし、強い恨みも感じますよね。
ですが、わたしの場合、親に逆らったことは一度もなく、自分で言うのもなんですが、反抗期もまったくなかったです。(これ以上、日常生活で悪者扱いされたくなかった)
また、通常では考えにくい事態が起きる、ほんのちょっと前には、テレビを見ていたり、食事をしていたり、勤務先や外出先に居たり、といった状態で、言葉をかわしていませんでした。
もちろん、親が嫌いだから、無視していたなんてこともありません。
逆に、親の機嫌を損ねると、とんでもない悲劇が待っているのは、わかりきったことなので、家事から妹の子守りやPTAの参加、果ては、父親の税金の支払い(わたしが代わりに税金を負担する)に至るまで、出来ることはすべて、やっていました。
原因のひとつは親の夫婦生活だった
これは後年になって、直接、父から聞いたのですが、父がわたしのことを大嫌いなのは、わたしの存在が夫婦生活の上で、たいへん邪魔になったからだそうです。
これには「なるほど~」と、合点がいきました。夜になると特に、父の機嫌が悪くなったのは、そこだったのねぇと。
狭いアパートに住んでいたので、そりゃ、ごもっともな話です。
内容が内容だけに、本人から言われなければ、わたしがある程度の年寄りにならないと、そこまでは、気が回らないです。
父は、超がいくつも、つくほどの、女好きでしたが、お金はないし、男前でもなかったので、実際には、本人が希望するほどには、モテていなかったでしょう。
ですが「種の保存欲」が、強すぎると、このような事態を生んでしまいます。
もうひとつの原因は強すぎる被害者意識
ネットの世界だと「死んでほしい」なんていうのは、ありがちなのかもしれませんが、リアルの世界では、面と向かってそのようなことを言われることは、そう多くはないでしょう。
ですが、親子であっても、そうでなくても、ふつうの人間が、ひどいことを平気でできるのは、強すぎる被害者意識をもっている場合です。
強すぎる被害者意識で起きること
たいへんお恥ずかしい話ですが、わたしは、二回、父に首を絞められて、殺されそうになったことがあります。
首を絞められる前には、口論はおろか、なにごともありませんでした。わたしは、テレビを見ていただけです。
なんの脈絡もなく、突然の出来事でした。
★この記事は、2018年10月17日 16:43:13 に、五行易ドットJP の 藤山 恭江が書いたものです。
記事の引用は、著作権法に定める範囲内で大歓迎です\(^o^)/
引用する場合、出典元の表示として『 五行易ドットJP:反省や愛だけでは解決しない親子関係の問題もある 』←『』内の表示をお願いしますm(_ _)m
読んでいただいてうれしいです。ありがとうございます(≧▽≦)
もちろん、速攻で、110番に電話して、助けていただきましたが、首を絞めようとする前に、父がこんなことを言ってました。
「お前みたいな人間がいつまでも生きてるから、ママと(わたしの母のこと)仲良く暮らせないんだ」
「お前みたいなヤツを殺しても、罪にはならないんだ」「これは、正当防衛だ」
「お前は殺されるのが、当然の人間だ」
なにごとも、自分に都合良く考えるのは、ポジティブな性格であり、精神の健康には良いことなのですが、それが強すぎると、周りの人間が「悪人」に見えてしまいます。
父のように「悪人」だと感じた人間には、どんな制裁を加えてもいいと、考えてしまう人も多いようですね。
とりあえず別居しよう
わたしのような親子関係ならば、可能な限り、若いときから、親とは遠く離れて、別居するのが、ベターな選択肢です。
長年に渡って同じ環境下で、恨み恨まれる関係は、お互いにとって、よろしくないです。
別居が資金的に無理なら、在宅時間を極力減らす方法を考えても良いです。
わたしは、若いときから別居していましたが、引っ越しが、隠密行動ではなかったために、親がすぐに近所に引っ越してきて、騒動を起こすパターンでした。
それでも、年がら年中、顔を合わせないですんだ分、気が休まる時間ができて、良かったです。
心の傷が癒えるまでには年月と人選が必要
今の時代は、ネット上に同じ悩みの情報もたくさんあるでしょうが、ただ、理由が判明しただけでは、悲しかったことや辛かったことなどが、癒やされるところまでは、たどり着かないのが普通でしょう。
わたし自身は、どうやってこの問題に取り組んだのかというと、いろんな人生の先輩に、相談をしました。
ただ、上述のような理由だったので、わたしのことを、ひどい妄想をする人だとか、逆にわたしに非がある・落ち度があるに決まっていると、決めつけられることも、多々ありました。
ですが、ここで、落ち込んだり諦めたりせずに、最低でも、あなたを非難しない人が現れるのを信じながら、ゆっくりと、あなたを理解してくれる良い人を、探しましょう。
わたしのように、長い年月が必要な場合もありますが、共感してくれる人や、助けてくれる人が居れば、話を聞いてもらっている間は、心が軽くなります。
すると、薄紙を剥がすように、少しずつ少しずつ、心が癒やされます。
人生、苦しいことが続いても「冬来たりなば春遠からじ」です。
あとがき
生前の父を知る人から「言いたい放題、やりたい放題で、赤ちゃんが、そのまんま、おじいさんになったような人だったね。」と、いまだに言われます。
人間として、本当にできた人とだけ接触して、その人達に甘え放題の一生だったので、人間関係にはとても恵まれていたと思います。(わたしという仮想の敵との関係を除いてではありますが…。)
父のような人生は、ある意味、幸せな一生だったと思いますが、わたしは、父と同じような人生を5分だけ、歩めば、じゅうぶん…。というのが、正直なところですw。
なぜならば、いくら悩みとは無縁であっても、自分のバカさ加減で、味方である人間を、敵だと勘違いし続ける人生なんて、わたしにとっては、あり得ないと思うからです。
余談ですが、父が他界してから、一回だけ、真っ昼間に、父の幽霊を見たことがあります。
幽霊を見たのは、これが人生初の出来事でした。
父の幽霊を見たときは「さも、供養されてない、不成仏霊みたいに、出てきやがって」とものすごく腹が立ちまして「何しに来たんだぁ!!」と、怒鳴ると、スーッと消えました。
実は、わたくし、おばけとか幽霊とか大嫌いで、肝試しにイヤイヤ参加して、気絶したことがります。
ところが、父の幽霊を見たときは、心底、腹が立ちました。
おばけや、幽霊というのは、供養されてない人間の話です。
父の供養は、家でもお寺でも、ずっと続けているのに、幽霊として父が出てくるだなんて、手前勝手な、そして、ガチの不成仏霊から見れば、贅沢な話です。
父の生前に、父を怒鳴ったことなど、ただの一度もなかったので、あれはあれで、良い供養になったかもしれないです。